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コンパッション

叡智ある希望とは?ハリファックス博士講演書き起こし

2018.11.28

去る11月6日、慶応大学日吉キャンパスにてAWARE創設者ジョアン・ハリファックス博士の講演会が行われました。
大雨にもかかわらず200名満場の会場で、ハリファックス博士のあり方とリアルな現場に即した深い叡智は、参加の皆様大きな感動と気づきを与えました。

以下、ハリファックス博士の了承をいただき、その内容をシェアさせていただきます。

(For the English manuscript, please click here .)

一人でも多くの方、特に今希望を必要とされている方、閉塞感や先行きの不安を感じている方に届きますよう。(シェア・リンク歓迎です)

今回もご賛同・共催いただいた慶応SDM前野教授に心より御礼申し上げます。

(ぼくらしゃふぇきみこ)
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絶望的状況でコンパッションを維持する力

私は人生の多くを絶望的とも呼べる状況に関わりながら過ごしてきました。

1960年代には反戦運動・公民権運動に活動家として関わり、50年間、病院で亡くなっていく人々の世話をし、医療従事者に訓練を施してきました。
また、6年間、死刑囚のためにボランティアとして働き、ヒマラヤ奥地の診療所で奉仕活動を続け、どの国からも地位を与えられていないロヒンギャ難民とともにカトマンズで働きました。

なぜ、そのような絶望的な状況で活動するのかと疑問に思われるかも知れませんね。

この世界で暴力は永遠に終わらないのに、戦争の直接的・構造的暴力や不公正を終わらせることになぜ関心を持つのか。
死は避けがたいのに、亡くなろうとしている人のためになぜ、希望を抱くのか。
救済の可能性が低いのに、なぜ死刑囚と関わるのか。
大量殺戮から逃れても、どこの国も受け入れようとしない難民の男性、女性、子供たちの世話をなぜするのか。

私は希望という概念について悩んだことがよくあります。

鈴木俊隆老師は、人生は「船出しても沖で沈もうとする船に乗り込むようなものだ」と仰いました。普通にいう希望は、あまりにもおぼつかないものだということです。

普通にいう希望は欲望に基づいており、実際に起こるかも知れないこととは異なる結果を望むことです。
さらに困ったことに、望みが叶わないことは不幸として経験されることが多い。
深く見れば、普通の意味で希望を抱く人は何かの期待を抱いていますが、その背後には希望が叶わないのではという不安が常に影のように 漂っています。
つまり普通の希望は一種の苦しみで、恐れを常に伴っています。

それでは真の希望とは何なのでしょうか。
まず、希望が何でないのかはっきりさせることから始めましょう――希望は全てが上手くいくという信念ではありません。
人は亡くなり、人間の集団も亡くなり、文明もなくなり、惑星もなくなり、星もなくなります。
楽観主義者は全てがポジティブな結果になると想像します。このような見方は危険だと私は考えます。
楽観主義者であることは、関わらなくても良い、行動しなくて良い、ということです。また、うまく行かなかった場合、冷笑的になったり、何をやっても無駄と感じたりしがちです。

希望はもちろん、全てが悪くなっているという悲観主義者たちの説話とも正反対です。悲観主義者は憂鬱な虚無感もしくは冷笑的な見方から来る無関心を拠り所とします
ご想像の通り、楽観主義者も悲観主義者も関わっていくことから責任逃れをするのです。

では、楽観的ではない希望を持つとはどういうことでしょう。
アメリカの小説家バーバラ・キングソルバーはそれを次のように説明しました:

楽観することと希望を持つことの違いについて、この頃、よく考えます。自分は希望を抱くタイプの人だと思いますが必ずしも楽観的ではありません。私なら次のように説明するでしょう。
悲観主義者は『恐ろしい冬が近づいています。みんな死ぬでしょう』と言い、
楽観主義者は『きっと大丈夫です。そんなに酷くならないでしょう』と言うでしょう。
一方、希望を抱く人は『二月にまだ生き残っている人がいるかも知れないので、念のため、じゃがいもを地下室に置いておきます』と言うでしょう。
希望は抵抗の一つのありかたであり、育てることのできる才能です。

「知らない」ことに根ざし今を認識し続ける

希望とは「知らない」そして「知り得ない」ことに根ざした極端な不確実の状態から生まれていることに気づきます。実際、何が本当に起こるかなんて、どうやって知り得ることができるでしょう?!
私のよき友で、文化歴史学者のウィリアム・デビュイは私にこう言いました。

「私は自分の信じる心を『驚き』にゆだねる」

叡智ある希望とは、知らないこと、知り得ないことに対してオープンに心を開き、驚き、さらに驚き続けることにもオープンであることを必要とします。

実際、叡智ある希望は次のような場合に生き生きします:何が起こるかわからない、そして極端に不確定で驚きに満ちた状態、それは夢中になれる場でもあります。これが社会参画仏教徒ジョアナ・メイシーの言うところとアクティブ・ホープ、あるいは叡智ある希望の現れです。

勇気をもって深く識別をするときであり、それと同時に何が起こるかわからない、それが叡智ある希望が立ち上がるときであり、不確実性、無常、そして可能性の真ん中にあるのが、行動する必要性が湧き起こるときなのです。

叡智ある希望とは、ものごとを現実離れしてみるのではなく、ありのままに見たうえで、無常という真実や、苦しみという真実も認めた上で、その存在と変容の可能性を良かれあしかれ見ていくことなのです。

それでもなお、私たちは希望など持てないと思い込んで身動きできなくなっていますーーがんを患うと一方通行で出口がない、政治状況は修復不可能、環境問題も手遅れだ、と。
希望と絶望について、テーラワーダの僧、タニッサロー・ビックーの言葉があります。
達は運命や高次の力の犠牲者ではない。希望とはより広い視野とより深い予期せぬ可能性へと私達を迎え入れてくれるといえる。

SHOW UP! 今ここにあれ!

よく言うのですが、私のサンタフェにある禅寺のドアの上には2文字「Show Up–今ここにあれ!」だけあればよいと。
なぜこの言葉をドアの上に欲しいかとお尋ねになるでしょうーー絶望、敗北感、皮肉、猜疑心、無感情などが希望のなさのために起こっているときに。

今日世界には6730万人もの難民がおり、紛争のない国はわずか11、気候の変化は森林を砂漠に変えている。
日本の人口は減り、子供たちの間で自殺が増え、多くの人が宗教やスピリチュアリティに何のつながりも感じず、数知れない人々が深く孤立しデジタルデバイスを逃げ場にする。

平和活動家ダニエル・べリガンがこう言いました。

「宇宙のすべての邪悪に対し、道徳のやりを上げることはできない。邪悪なことは多すぎる。しかし何かをすることはできる、そして何かをすることと、何もしないこと、その差こそすべてである。」

叡智ある希望は私たちが現代で直面する現実を否定するものではない、とべリガンは分かっているのです。

それは、現実に向き合い、そこには他に何があるか確認すること。
そして私たちの価値観をシフトさせて、今ある苦しみを打破するために認識し、行動することです。

みなさんは偉大な自然科学者ローレン・アイズリーが語った物語をご存じかもしれません。

ある男性が海岸を歩いているときに、もう一人の男性がヒトデを海に投げ返しているのを見つけました。男はその人に「無駄だよ、ヒトデが多すぎて何の意味もないよ」と言います。

「いや、このヒトデは救えたよ」もう一人の男性が一匹のヒトデを海に投げながらと言います。

4つのありふれた真実

瀬戸際に立った時、叡智ある希望を実現させるためのパワフルなツールがあります。

道元の翻訳者であり、社会活動家である棚橋一晃(かずあき)先生は、「4つのありふれた真実」という教えをまとめました。それは叡智ある希望のための原則です。

1. いかなる状況も変えることができる
2.共通のビジョン、優れた戦略、継続的努力でポジティブな変化はもたらされる
3. すべての人が違いを生むために手助けできる
4. すべての人が責任を負っている

何においても不確実性と無常が凌駕することを理解すること。そして誰もが違いを生むことができ、だれも責任を逃れることはできない、と棚橋先生は私たちに言っているのです。
死にゆく人、死にゆく惑星の傍らに座り、私たちはしっかりとそこに居て(Show up)、最善を尽くし、利他の心、共感、誠実さ、尊敬、熱心さをよりどころにします。そしてこれらのパワフルな美徳が危機に面しても、何よりも大切なのはコンパッション(慈悲の心)と叡智ある希望 なのです。

これらの美徳なしには、真に生きることはできません。.

1943年の11月にアウシュビッツで命を落としたエティ・ヒルサムはこう言いました。

「最終的には、我々は1つの道義的義務があるのみだ。自らの中に大きな平和を取り戻し、それを他者に向けても示していく。そして平和が広がれば広がるほど、私たちの困難に満ちた世界もより平和になる。」

そしてアメリカの歴史学者で社会活動家のハワード・ジン(ジョン・カバット・ジン博士の父)は彼の自伝の中で次のように言いました。

「悪い時代に希望を持つことは決しておろかに夢想的であることではない。希望を持つことは、人類の歴史は残酷の歴史であるだけでなく、慈悲、犠牲、勇気、優しさの歴史でもあるという事実に乗っ取っている。」

「未来とは、今という時の永遠の連続であり、周囲の悪しきことをものともせずに今に生きることは、それ自体が偉大なる勝利である。」

ですから、私たちは自分自身にこう言えるでしょう。「Show up!今こそここにしっかりとあれ!」
わたしはそれこそが、ジン博士が勝利と呼んだことだと思っています。

希望とは素晴らしい勝利であり、無力感に対する勝利、恐れに対する勝利であると信じてやみません。

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